酔っ払いネタが続いて恐縮だが、吞兵衛には、必ずと言っていいほど
「武勇伝」
が存在する。
そしてどうにも、その武勇伝を語りがちである。
かくいう私も、その1人である。
もっと酒好きで呑兵衛の人には、
「そんなの大したことないよ」
と言われることもあるが、備忘録としてここに記しておこうと思う。
あれはまだ、20代の頃(遠い目)。
大阪の御堂筋にあるビジネス街で働いていた私は、金曜日でなくても飲みに行くことがザラだった。
お金もかかるのであんまり行かないようにしていたつもりだが、
誘われた飲みには行きたくなる性分
だった(てへぺろ)。
職場には同年代はもちろんのこと、10~20歳も年上の「飲み友達」がいたものだ。
年代の異なる人と飲みに行くのって楽しい♪
ビジネス街なので飲む場所はふんだんにあり、いろんな店を開拓した。
地下鉄御堂筋線はホームを歩いていると次の電車が来るぐらいに電車の本数が多いので、電車で数駅の場所で飲むことも多かった。
定時ダッシュで地下鉄に乗って、京阪電車に乗り換え、京都の先斗町(ぽんとちょう)で飲んだこともある(移動時間:約1時間)。
三重県に来てからはみんな車通勤で、職場の人との平日の飲み会はほとんどなくなったので(飲まない「食事会」はあった)、今思うと懐かしいし、よぉやっていたな~と思う。
今も呑兵衛の音楽仲間とはたまに飲み会をしているが、30代後半から、飲みすぎると翌日の体に堪えるようになってきたので、飲み会は翌日が休みの日に限定している。
また、最近は泥酔しないように、チェイサーの水をがぶ飲みしているので、体の負担はかなり減ったように思う。
大人になったわ。
さて、そんな私が20代~30代前半の頃に犯した酒のあやまち…いや、武勇伝を2つ記しておく。
タクシーで2万円請求された件
あれは、知り合いの写真展を見に行った時だった。
知り合いがその友人たちとグループ展をしていたのだが、私も当時写真表現をしていた関係で、その人達と展示会場で酒を飲む流れになった。
そこには、「日本酒」があった(おや…)。
いい日本酒ほどクイクイ飲めるが、度数が高いので、気がつくと泥酔してしまったりする。
私は気をつけ……ることなく、その場の楽しさでグイグイと日本酒を飲んでいた。
気がつくと、タクシーで家に帰る途中だった。
そんな時、急に吐き気がもよおしてきて…あろうことかタクシーの床に…。
その時の運転手の怒り様は、本当に半端なかった(泣)。
そらそうだろう、このあと客が乗せられないから稼げないし、清掃でお金もかかる。
酔っ払いながらも、自分のしでかしたことに自責の念を感じずにはおれず、泣きながら謝罪した。
本当にごめんなさい!
そしてすぐに家に着いたのだが、運転手が私に請求した金額は
2万円。
私はいろんな意味で泣きながら運転手に現金で2万円を手渡した…。
その後私は、外で日本酒を飲まなくなった。
改札が出られなくなった件
その日は、大学時代の音楽サークルのメンバー数人で飲んでいた。
当時、生ビールを何杯か飲んだ後に、ウイスキーのロックを飲むというのを好んでいた。
恐らくその頃、サントリー山崎蒸溜所のウイスキー工場見学に行ったことで、ウイスキーのおいしさに目覚めたからだろう。
特にバーボンが好きで、量販店で様々なウイスキーを買って試していた時期でもある。
ただ、ビールをたらふく飲んだ後にウイスキーのロックにいくのは、結構
危険である。
その日も案の定ベロベロになり、同じ路線で帰る友人が、わざわざ私の降りる駅で電車を降りて、改札まで見送ってくれた。しかし、
改札が通れない。
それもそのはず、私は定期券ではなく、
1万円札
をICカードのところにかざしていた。らしい(記憶にない)。
友人にそれは違うと言われて次に取り出したのは、
クレジットカード。
クレジットカードをかざしても通れないことにイラ立ちを感じた私は、
これでも足りないの~!?
と言っていた。らしい(記憶にない)汗。
その後、なんとかどうにか定期券を通して1人で家にたどり着いた私は、今度は玄関ドアの2重ロックを、
上を開ける⇒開かない⇒上を閉めて下を開ける⇒開かない⇒下を閉める⇒開かない…
みたいなことを繰り返してなかなか家に入れず、玄関前でへたり込んだ…というのは、おまけの話である。
みんな、酒はほどほどに…ね!
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